独りごつ Part.Ⅱ

昨日の続き、一人で呑むのも大好きなのでしょうがない。友人や知人、まあ時に大事な人でもなんでもいいけど、他者と呑むのは、旨いアルコールや美味いメシはコミュニケーションの小道具であって、空間の共有こそが主役、で、それも大好き。
 一人で呑むと、およそ素面の時では面倒だし、暇も無いので向き合わないような過去や現在の事象に否応無く対峙出来るから、好きだ。最近はやらないけど音楽とかテレビとか一切、消して、時計の秒針が聞こえるくらいに静かにして、神経を研ぎ澄ましながら、呑んで段々と弛緩していくのも良い、ええ電波だよ、暗いよ、アル中予備軍だよ、依存症だよ、何か悪いか(w。
 で、何に情緒振って酔いどれているか、というと、子供時分は怖ろしく癇癪持ちだったなってのをふと思い出したせいだ。いやもう常時イライラするわ、キレる理由を見つける為にキョロキョロしてるデムパなお子様だったと思う。当然、返す刀で痛い目に合うわ、周囲は心配するわだったのだけど、ある日突然、面倒になって意識付けて矯正するようにした、凄く簡単だったのに驚いたけど、人の性格も、外界の刺激を受けて脳に電気信号が伝わった後のリアクションの差異でしか無いらしいので、そんなものかな、とも思った。
 良い人に思われて得しようってな、社交性華盛りなポジティブな考えからではなく、24時間365日他人に剥き出しで向き合うのが面倒になったからだ、痛くて腐臭を放つ自意識てんこ盛りな模範的若人なんて、まあ、そんなもんだ。
 なので嫌な奴とも人生共に語りたく無い奴とも、普通に接するのも、苦は全然、無いし、恵まれた世の中に何の不満も無い凡庸振りを普段は発揮するんだけど、たまにブレーカーが落ちるみたいにパチンと落ちる。
 学生生活最後の一年はまさにそうだった。そもそも朝なんざ起きれないスカタンだし、夕方まで寝てる怠惰全開な体内時計に朝から設定される面接やら説明会の時間は、およそ間に合わない、間に合えない(w、なので就活に浮き足立つ周囲は遠い他人事だった、適当にやって適当に駄目だったので、やっぱりどうでもよかった。
 それをよそに私事の至る所で誤解の紐がこんがらがって、取り返しの付かないことになって(まあ、他人から見たら何ら大したことじゃない)、挙句、およそ身の丈に合わない期待にそれなりに応えようとして破綻した。癇癪の癖も鎌首擡げて復活、寛容で居てくれた一部の人間を除いて、卒業してからというもの大学時代の人間とほぼ疎遠なのはつまり、そういうことだ。